【第9回】タイムマシンの作り方 ⇒ 第一章・新しい時代のはじまり ⇒ 昭和の時代のまとめ(2)

【第一章】新しい時代のはじまり
03 /20 2017
【第9回】タイムマシンの作り方 ⇒ 第一章・新しい時代のはじまり ⇒ 昭和の時代のまとめ(2)

 その前に、まず、昭和の時代の定義から説明します。昭和の時代は戦前・戦中と、戦後で大きく異なります。ここでは『戦後の時代』を昭和として定義します。ですので、昭和21年以降を対象とさせていただきます。戦前・戦中の時代は対象外として解説していきますのであしからずご了承ください。それでは、昭和の時代を解説していきます。
 

a.教育について
 
 ・学歴重視
 
 『昭和の時代』は完全に学歴社会です。とにかく良い学校、良い学習塾に通い、あるいは良い予備校に通い、猛勉強して一流の大学に合格することが一番の目標であり、それが最も優秀な人間とされました。

 一流の大学を卒業すれば一流の企業や一流の組織・団体(国の機関等)に就職することができ、後は年功序列で昇給も昇進も安泰となります。ですので、一流の大学に合格することが人生で最も大切で重要なこととされたのです。
 
 一方、学歴が低い者はまったく評価をされません。特に『中卒者』=義務教育しか受けていない者、または、高校を中途退学した者は、人間扱いされないほど評価が低く、まともに就職も結婚もできない時代でした。
 
 昭和の時代の『教育』は平成やほかの時代の『教育』と比べて大変に厳しいという印象です。
 
 ・受験戦争
 
 昭和は日本の歴史上の中で最も人口が激増した時代であり、そのために競争が激しくなった面があります。その状況を指して『受験戦争』と呼ぶほどです。
 
 最も受験戦争が厳しかったのは『団塊ジュニア』と呼ばれる世代です。『団塊ジュニア』は、第一次ベビーブームで生まれた『団塊の世代』の子供たちが多く、第二次ベビーブーム世代ともいわれます。主に1970年代の生まれであり、最も厳しい教育を受けた世代といえます。さらに『団塊ジュニア』の世代は就職時期が氷河期であり、就職活動も大変に厳しい状況となりました。

 ちなみに私自身ですが、少し特殊な年に生まれました。1966年に生まれた日本人、つまり、昭和41年生まれは、いわゆる丙午(ひのえうま)という世代です。丙午生まれは人数が極端に少なく、昭和時代の唯一の少子化世代でもあります(戦争の影響が大きかった昭和21年生まれを除く)。そのため、受験戦争という過酷な状況は発生しませんでした。就職時期もバブル期と重なったこともあり競争が過酷だったわけではありません。比較的、競争が楽な世代だったといえます。ですので、私と同世代はほかの世代と比べると、性格的に少々ぬるい印象があるような気がします。
 
 ・教育ママ
 
 昭和の時代は教育ママが問題になりました。教育ママとは、人生のすべては学歴で決まると思い込んでいる女性が自分の子供に大きな期待を抱いて高等な教育を押し付ける母親のことです。父親の場合は教育パパといいます。自身が低学歴の場合が多く、そのコンプレックスから子供に過度な期待をするようです。躾(しつけ)と称して行き過ぎた行為での虐待行為もあり、教育問題以前に人間としてどうなんだという問題があったようです。
 
 ・ほか
 
 この時代は圧倒的に教師の権限が強い時代でした。体罰など当たり前で、教師に対する反発行為はけして許されませんでした。一時期、生徒側の校内暴力が話題になり、問題になりましたが、それでも教師の生徒に対する暴力よりは圧倒的に些細な事象でした。ほんの少しの生徒の暴力が大きな問題になる時代だったのです。教育熱は高い時代ですが、教師の人間性についてはかなり未熟な者が多く、教育者側のみを見ると最低最悪の時代であったといえます。
 
 
 次回に続く
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【第7回】タイムマシンの作り方 ⇒ 第一章・新しい時代のはじまり ⇒ 平成の終わり

【第一章】新しい時代のはじまり
03 /19 2017
 さて、いよいよ本編に突入です。ですが、タイムマシンの具体的な話はまだ先です。当然のことですが、そう簡単に理解できるしろものではないのです。タイムマシンが誕生して成長していくうえでの時代背景を知る必要があります。時代の変化、社会の変化、そして、テクノロジーの変化が重要なのです。というわけで、ここでは、まず、この先、時代や社会がどう移り変わっていくかを考えることにします。
 
【第7回】タイムマシンの作り方 ⇒ 第一章・新しい時代のはじまり ⇒ 平成の終わり
 
 もうすぐ、平成が終わります。天皇陛下が生前退位の意向を示されたことで、平成が終わることがほぼ決定的となりました。まだ、正式には決まっていませんが、5月の国会でほぼ確定するようです。
 
 これで、平成は30年で終わることになります。つまり、西暦2018年の12月31日をもって平成は終了します。翌、西暦2019年の1月1日は平成31年ではありません。その日は新元号の元年の1月1日となる予定です。新元号の名称もこの元年の1月1日の半年から1年前に決定するようで、いよいよ、新しい時代の幕開けとなるのです。
 
 新しい時代はどんな時代でしょう?どんな社会になるのでしょうか?「何も変わらないよ。平成の延長でしかない。」と、思うでしょうか?
 
 いいえ、平成の延長にはなりません。新しい時代は平成とは全く違う時代になります。昭和と平成の時代がまったく違うのと同じことです。いえいえ、昭和と平成の違い以上にまったく違う世界になることでしょう。もちろん、昭和のような時代が戻ってくることなんてありません、あるはずがありません。
 
 ここでは、新しい時代がどんな時代になるかを考察していきます。ですが、その前に昭和の時代から平成の時代へとどのように移り変わったかを見直して、その後、どのように新しい時代へと移り変わってゆくかを知る必要があります。そのことで、どんな未来がやってきてどのように生きたらいいかもはっきりと見えてくるのです。
 
 しかし、次の時代がどんな時代になるかは、ある程度、はっきりとわかっていることでもあります。これは誰もが知っていることで、テレビでも雑誌でもネットでも当たり前のように言われていることです。

 そう、専門家も専門家でない方でも、誰もが言ってること、誰もが知っていることがあります。何度も、嫌というほど聞かされたことでしょう。それは、人工知能やロボットの社会進出です。『人工知能やロボットが人間の仕事を奪っていく』。本当に嫌になるくらいこの手の話が溢れまくっています。そして、残念ながらそういう時代は確実にやってきます。つまり、もう、平成とはまったく違う時代になることが確定的だということです。

 タイムマシンもその過程で生まれてきます。最初は何でもないような小さな機能しか持たない些細な存在として誕生しますが、次第にほんの小さな技術の積み重ねで成長していき、やがては国の経済や世界の秩序をまとめて変えてしまうほど大きな影響力を持つようになります。
 

 では、これからの未来への社会変化を考察するうえで、過去の社会変化を見直すとしましょう。まずは、昭和の時代から平成の時代へとどのような変化があったのかの検証です。
 
 
次回へ続く
 

【第6回】タイムマシンの作り方 ⇒ 序章・はじめに ⇒ 既存の科学の2つの欠点と、それを補う新しい科学と量子力学

【序章】はじめに
03 /17 2017
【第6回】タイムマシンの作り方 ⇒ 序章・はじめに ⇒ 既存の科学の2つの欠点と、それを補う新しい科学と量子力学

 既存の科学には大きな問題があります。致命的な欠点があるのです。では、なにが問題なのでしょう?

 あの元素の周期表を見て、なぜそこに設計思想があってそれが自然現象ではないと気づけないのでしょうか?誰もそれを口にしないのでしょうか?誰もそれを指摘しないのでしょうか?こんなことは、誰でも、簡単に気づきそうなことです。

 そう、あれをあくまで自然現象なのだと決めつけて、それ以外の考えを受け付けないというのでは、何もわからなくなってしまいます。実際に、結局は物質が何からできているのかわからないままです。

 なぜ、既存の科学がこうなってしまったのか、思い当たるふしはあります。まずは、私自身の経験ですが、子供のころ元素の周期表を見て、びっくりしたもののおかしいとは思わなかったのは、それは、まだ何も知らない子供だったからではありません。私の子供のころはまだITという概念が一般的ではなく単にITを知らなかった、だから、気づくことができなかったということです。あれから大人になってITの勉強をしてITの仕事をするようになって、やっと気づくことができる現象だったということです。

 科学の歴史が意地悪をしたのです。もしも、ITが既存の科学よりも前に、元素の周期表ができる前にITが発明されていたなら、おそらく周期表はまったく別の解釈をされていたでしょう。学校の授業でも別の教え方になっていたと思います。

 つまり、既存の科学の最大の欠点は、後発で発展してきたITの観点がまるまるごっそりと抜け落ちているということです。ずっと、100年以上前のレベルのまま成長がストップしてるのです。もし私がITの勉強をせずにITの仕事もしないでまったく別の道を歩んでいたとしたら、たとえ、歳を取って既存の科学を存分に勉強する機会があったとしてもこのことに気づきはしなかったでしょう。

 それと、もうひとつ。既存の科学には『利権』というものがあります。これが大きな邪魔をしているようです。特にノーベル賞関係の『利権』が大きいと思います。ITの観点を取り入れて既存の科学を検証しなおすとしたら、過去の『利権』を数多く捨て去らねばならなくなります。関係者はそれを避けたいのでしょう。「正しい、正しくない」の理屈よりも『利権』の方が大事なのです。

 これは『科学』だけではなくほかのカテゴリーも同じですね。『政治』や『経済』も、正当性や社会全体への貢献度よりも一部の人間たちの『利権』が最も重要視されます。けして、これを捨てようとはしません。これが既存の科学のもうひとつの欠点でもあります。もしかしたら、関係者は既存の科学が間違っているということをわかっているかもしれません。しかし、それまで築いてきた巨大な『利権』を手放したくはないので、その間違いを認めるわけにはいかないということです。

 少なくとも量子力学の学者たちはそれを知っているようにも思えます。彼ら彼女らは、それらに反抗してきました。実際、相対性理論とはまっこうから対立していて、実質的には打ち負かしています。表向きはまだ相対性理論は圧倒的な力を持っていますが、私から見れば量子力学が勝っているように見えます。

 たとえば、光速を超えるものの存在も発見しているようですし、なんといっても社会的にも経済的にもその貢献度は非常に大きいです。電子レンジなどの家庭電化製品の開発やパソコンなどのIT関係の製品開発への貢献度、それはもう、いくら賞賛しても称賛しつくせないです。今後は量子コンピュータの発展にも多大な影響を与えることになります。ほかにも特筆すべきことはいっぱい、ありますが、このくらいにしておきます。


 話を戻します。

 既存の科学とはもう少し具体的にいえば、『自然科学』のことです。『自然科学』とは、物理学、化学、生物学、地球科学、天文学などの総称です。

 繰り返しますが、既存の科学=『自然科学』にはITの観点がないのです。だから、そこにITの観点と技術をプラスして検証・研究を1からやりなおさなければいけません。それが、新しい科学の出発点と私は思っています。これからの新しい科学とは『ITと自然科学の融合』というわけです。そして『量子力学』とともに、協調しながら、切磋琢磨しながら、新しい時代を切り開いていくことになります。


 前置きが長くなりましたが、これで【序章】は終わりです。次からいよいよ<<本編>>に入っていきます。


 次回に続く(本編に突入!)

 

【第5回】タイムマシンの作り方 ⇒ 序章・はじめに ⇒ 物質は『情報』からできている

【序章】はじめに
03 /16 2017
【第5回】タイムマシンの作り方 ⇒ 序章・はじめに ⇒ 物質は『情報』からできている

 ここまでの考察をまとめてみましょう。

 (1)物質は原子の集まりである
 (2)原子は原子核と電子により構成されている
 (3)原子核は陽子と中性子からできている
 (4)陽子と中性子はクォークからできている
 (5)クォークは何からできているのか解っていない
 (6)電子は原子核の周りをまわっている
 (7)電子は大きさも重さもわからない
 (8)電子は確率的に存在している
 (9)電子はあやふやな存在で何もわかっていない
 (10)原子核の周りをまわっている電子の数量により元素が決定する
 (11)元素は周期表であらわすことができる
 (12)周期表には設計思想がありITのようだ

 元素の周期表を見ていると、まるで、物質は何かの小さな物質の集まりではなく、ある種の電気信号から成り立っているようです。これはコンピュータの世界の『情報』の概念に似ています。

 コンピュータが扱う『情報』の一番、最小単位は"0"と"1"です。この"0"と"1"ですべてを表しています。2進数というものです。この先、量子コンピュータが実用化されれば、量子コンピュータが扱う『情報』の最小単位は”00”、”01”、”10”、”11”の4進数になります。といっても量子コンピュータの場合、ほんとうは4進数とはいわないのですけどね。正確にいえばまるっきり違いますが、ここではわかりやすく説明するために4進数としておきます。

 クォークが何からできているのかはわかりませんが、案外、その最小単位は、コンピュータの2進数や4進数に似た何かなのかもしれません。

 4進数といえば、この世界の自然の中で、非常に重要な役割を持った存在があります。それは『生命』です。前回の記事で触れた『インパクト』とはこのことで、『生命』は4進数でプログラミングされたアプリケーションソフトのようなものといえます。もっとも、『生命』のプログラムの方は"00"とか"01"とかではなくて”A”、”G”、”C”、”T”という表現がされますが、4進数であることは量子コンピュータ的といえるかもしれません。

 もしかすると、この宇宙をまるごとのみこんでいる存在の正体、および、『生命』を生み出しているものの正体は、量子コンピュータのようなものなのかも、という想像をしてしまいます。とりあえず、『生命』の考察についてはまた後程、詳しくすることにしましょう。


 では、話を戻して というより話は変わって、私がIT業界に入ったばかりのころのお話しをします。

 まだ、ぺいぺいの新人だったころ、私はコンピュータのことがまったくわかりませんでした。ある程度のプログラミングはできていたのですが、コンピュータという概念が全く分からなかったのです。説明するのが難しいですが、コンピュータが『どのような存在なのか?』、『どう捉えたらよいのか?』、まったく理解できませんでした。それまでの自分の経験してきたこととは全然畑違いという感じで、プロとしてやっていく自信を持てなかったのです。なぜ、ほかの先輩エンジニアたちはこの仕事を難なくこなせれるのか不思議で仕方なかったくらいです。

 どういう捉え方をすればこの仕事をこなせるようになるのだろう?コンピュータのことが理解できるのだろう?私は、コンピュータの勉強をするだけではなく、先輩エンジニアたちを観察するようになりました。それが、1年、2年、と続きました。そして、その結果、あることに気づきました。先輩エンジニアたちのモノの捉え方です。

 『モノをモノとして捉えてはいけない。モノは情報として捉える』

 そう、先輩のエンジニアたちはみんなこの思考で動いている、ということに気づいたのです。これは私にとって大きな気づきです。それまで、コンピュータのことがわからず仕事に自信を持てませんでしたが、このことに気づいてから、仕事が苦ではなくなり、楽しくなってきました。そう、『モノはモノではなく情報』なのです。つまり、それまで私が苦しんだのは、モノをモノとして捉えていたからであり、これが大きな壁になっていたということです。

 もちろん、当時はこのことと本物の『物質』とを関連付けして考えることはありませんでした。あくまで、仕事としてコンピュータを扱ううえで必要な考え方というだけです。あくまで『物質』は『物質』です。けれども、ITの第一線からの現場の仕事を離れて、ある程度、歳を取ってから、改めて科学の勉強をしてみて周期表の美しさに驚愕したとき、このことを思い出しました。

 『物質は物質ではなく、物質は情報からできている』。そのまま、意味が同じであるのです。


次回に続く

【第4回】タイムマシンの作り方 ⇒ 序章 ⇒ 周期表の不思議さ

【序章】はじめに
03 /15 2017
【第4回】タイムマシンの作り方 ⇒ 序章 ⇒ 周期表の不思議さ

 物質は原子の集まりであることは最初に述べました。学校で習ったので誰もが知っていることですね。そして、原子は原子核と電子からできており、その電子の数量はいろいろあり、その電子の数量により元素が決まります。元素は「酸素」とか「水素」とか「窒素」とかのことです。例えば水はH2Oと表記されますが水素と酸素の化合物ということです。物質はすべてなんらかの元素の化合物であるのです。これも学校で習いましたよね。

 同じことをもう一度書きますが、その元素がなにであるかは原子核の周りをまわっている電子の数量で決まります。1個だと水素、2個だとヘリウム、3個だとリチウム、4個だとベリリウムと続き、以降も1つづつ増えるごとに別の元素としてあらわされます。・・・92個だとウラン、93個だとネプチウム、94個だとプルトニウム、と、まだまだ続きます。この数量は周期番号と呼ばれ、まるで人為的に番号を振ったような配列になっていますが、あくまでこの番号は自然の現象からなっています。それをもとに作成されたのが周期表です。

 特筆すべきことは性質が似ている元素は表の同じ列に縦にきれいに並ぶということです。これは人間が並べなおしたものですが、それにしてもあまりにもきれいに配列が決まっています。もちろん元々はこの並びを人間が決めたわけではありません。こんな風にきっちりときれいに並べることができるということに気づいただけです。

 それにしても、この周期表、何度もいいますが、あきれるくらいにきれいです。ただただ驚愕するだけです。子供のころ、この周期表を見てもここまで驚かなかったのはなぜなんだろう?たぶん、あまりよくわかっていなかったし、こんなにきれいに表にしてるのはきっと人間が見やすいように並べなおして、人間が番号を振りなおしたからなんだろう、みたいに思っていたのかもしれません。あくまで感覚的にですが。

 大人になって改めて見てみると、これが自然発生的に番号が振られ、しかも、似たような性質をもつ元素がきれいに縦に並ぶようにできているのが不思議で仕方ないのです。本当にこれが自然現象なのか?と。

 これでは、まるで・・・

 まるで・・・

 『 I T ではないか』

 そう、まるで、ITの世界です。コンピュータの世界です。まるで、この世界は、この地球は、この宇宙は、この世のすべてが、とてつもなくでかいコンピュータの中にあるようです。職業柄、正直に、そう思いました。ただの職業病なのかもしれないですが。

 もちろん、ITは人間が作り出したものですので、この周期表がITでできているということはありえないです。しかし、人為的というか、知的能力のある何者かが設計し、この元素を作り出したとしか思えない。で、その何者かは人間よりはるかに優れた生命体なのか?いや、でも、気のせいだよ。そんなことはありえない。と、何度も否定しましたが、その疑問はずっと消えずに残ったままになりました。

 私が既存の科学に疑問を持っているのはこれがあるからなのと、そして、もうひとつ、元素の周期表以上に不思議な自然現象があることです。それは周期表以上のインパクトを持って私に決定打を与えました。そして、そのことに気づいているのは私だけではありません。かなりの人が気づいているはずです。表に出ているのは少数ですが、それでも、それを断言する有名な科学者もいます。

 私は思いました。『現状の科学はもう終わっている。次の新しい段階へと発展させなければ何もわからないままではないのか?』と。

 もうひとつの『インパクト』については、また、後で触れたいと思いますが、これが私のタイムマシン論のスタートラインになります。
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